日本経済新聞 地球回覧
米医療、敵対する病院と患者
「レディングの悪夢」全米を震かんさせた事件の裁判が昨年末、和解に達した。 「すくに心臓を手術しないと、命は保証しませんよ」。カリフォルニア州北部のレディング市。
二〇〇二年五月白内障の手術のために同市最大の総合病院レディング・メディカル・センターを訪れたジューン・コネリーさん(77)は医師に告げられ、言い知れぬ恐怖に襲われた。
白内症手術前の検査で心電図にわずかな異常があったが、胸に痛みは感じない。「自見症状がないこともある」と医師に押し切られ、バイパス手術を受けた。半年後、米連邦捜査局(FBl)が強制捜査に入る。「複数の医師が必要のない心臓手術を繰り返した」と報じる新聞を読んだコネリーさんは「目の前か真っ暗になった」。
原告患者は実に七百六十九人。このうち七十八人が不必要な手術が原因で死亡したとされる。
問題の病院を運営していた病院チェーン大手テネット・ヘルスケアは三億九千五百万j(約四百億円)の和解金支払いで合意した。同社にとっては「不運」(トレバー・フェター最高経営責任者)にすぎないが、山あいの静かな町に医療不信の深い傷跡が残った。
アルさん(70)、ペギ…さん(70)のラザフォード夫妻ともにこの病院で心臓手術を受け、原告となった。「あの先生に限って‥」。捜査開始後、夫妻は支援集会に出席するほど病院を信頼していた。それだけに落胆は大きい。ペギーさんは「医師を刑務所送りにしたい」と話す。
株式公開しているテネットは四半期ごとにウォール街の圧力にさらされる。原告側のロバー卜・シンプソン弁証士は「傘下の病院は毎年高まる収益目標をクリアする必要があった」と説明する。
営利目的の病院だけではない。保険を持たない低所得者への医療提供などを条件に税制面で優遇されている非営利病院でも、患者の信頼を失う事態が頻発している。
「患者の住宅に抵当権を設定しない」 「警察を使って患者を法廷に無理やり呼び出さない」。
首都ワシントンの病院が加盟する団体は昨年末、無保険者から医療費を徴収する際の手引をまとめた。その文言からは逆に、こんなことまでしているのかと驚かざるを得ない実態が浮かぶ。
多くの病院は債権回収の専門業者と契約している。医療費の支払いが障ると、業者は抵当権の設定や銀行口座の草し押さえに踏み切る。法廷に持ち込まれ、無保険者が呼び出しに応じないと逮捕される例もある。
患者の逆襲も始まった。階段を踏み外して非営利のベイステート・メディカル・センター(マサチューセッツ州)に運び込まれたダイアン・ハリントンさん(49)は一晩の入院で約三千j(二十方円)を請求された。
滞納すれば年一二%の金利が上乗せされ、財産も奪われかねない。「あまりにひどい」とハリントンさんは病院を相手取る集団訴訟の先頭に立つ。同様の訴訟か全米で後を絶たない。
レディングとべイステートの両病院には共通点がある。不良債権が増え収益をむしばんでいたのだ。とめどない米国の医療費高騰は低所得の支払いの限界を超え、「回収不能債権」が積み上がった。
ある非営利病院の会計担当者は「誰かが踏み倒せば、ほかの誰かにツケが回る」と指摘する。レディングは回収確実な保険加入者に不必要な心臓手術を施すことで収益を高めた。ベイステートは患者から常識はずれの対価を取り立てる。
深まる病院と患者の対立。医療費にメスを入れない限り解決の糸口は見えてこない。二期目に入るブッシュ政権が直面する重い課題の一つだ。(ニューヨーク=篠原洋一)
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