「患者さま」と呼ばないで
作家、倫理学者 波多江 伸子氏
先日検査を受けた病院の受付はホテルのフロントみたいだった。「患者さま、ただいま係の者がご案内いたします」と言われて待っていると、小腰をかがめながら看護師さんがやってきた。「波多江さま、お待たせいたしました」。先導してくれる廊下の壁には「患者さまの権利」が大きくはり出されている。
最近は医療機関で「患者さま」とか「波多江さま」とか呼ばれることが多くなった。丁重に「さま」づけで呼ばれて文句を言うのもナンだが、私は「患者さま」でなく「患者さん」で十分だと思っている。
「お客さま」と違って、「患者」に「さま」は似合わない。「心身を患っているお方さま」なんていう妙な語感の「患者さま」には違和感を覚える。とってつけたような敬称なので、逆に慇懃無礼(いんぎんぶれい)な感じがする。
もっとも、ある看護部長によれば、「患者さま」という言葉のあとは必然的に敬語が続くし、態度物腰もていねいにならざるをえないので看護師のマナー向上には役立つのだそうだ。ひと昔前は、年輩の患者に「じいちゃん」「ばあちゃん」と気安く呼びかける看護師が多くいたが、確かにサービス業的なマナーは向上したかもしれない。しかし、問題はマナーよりも深い。
医師の裁量権が絶大だった頃は「お医者さま」という言葉がよく使われていた。私はこの敬称もパターナリズム(父権主義)の象徴のようで好きではなかった。
いま医療の決定権が医師から患者へと移り、理念上はパターナリズムからインフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)へと決定システムが変わっている。その流れの中で、医療者と患者の望ましい関係について患者や市民の意見を聞くことなく、いきなり不自然な「患者さま」に祭り上げられるのは理解できない。
次々と明るみに出る医療事故や薬害で医療不信に陥ってしまった患者や市民が望むのは、お客さま扱いではなく、対等なオトナとしての患者・医療者関係なのだ。
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