日本経済新聞記事全文
欧州 揺らぐ成熟社会 移民受け入れ期待と警戒
「人口がついに四百万人の大台に戻った」。アイルランド政府は昨年十二月、歴史の節目と言わんばかりに宣言した。ピークだった十九世紀前半の八百万人に比べればまだ半分。だが、どん底の一九六一年の二百八十万人からの回復は劇的だ。
百万人が餓死した一八四五年の「ジャガイモ飢饉(ききん)」を境に多くの人が貧困から逃れようと国を後にした。新天地の米国では数世代を経てケネディ、クリントン大統領らを輩出したが、祖国は沈滞した。
ところが流れは一変。ユーロ圏の低金利も追い風となり、情報技術(IT)や医薬品など高付加価値産業が集積する。ユーロ圏唯一の英語圏としてダブリンは金融センターの一角に浮上した。活力源は二〇〇三年だけで五万人に達した移民だ。
ダブリンの輝きは、成熟社会に外から新鮮な働き手を取り込んだ成果である。産業貿易・雇用省のマイケル・カニフ局長(55)は「アイルランドは誇りを取り戻した」と語る。
英国中部の中堅都市レスター。ウガンダ出身の経営コンサルタント、M・モガルさん(68)は七二年九月を忘れられない。独裁者アミン大統領がアジア系住民八万人を国外追放、モガルさんには住民のリーダーとして暗殺指令が出た。財産を捨てて幼子三人の手を引き命からがら脱出した。
英国は日本やインドが拒否した難民を積極的に受け入れ、六千人がレスタ一に移り住んだ。「差別を乗り越え、移民と市民が相互理解の努力を続けた」(モガルさん)。レスターは二〇二年に英国で初めて非白人住民が過半数を占める都市となる見込み。停滞していた地方の復興の象徴でもある。
ブレア首相は「移民の受け入れが経済にプラスなのは議論の余地がない」と、国内総生産(GDP)の一〇%を稼ぎ出すパワーを評価する。
ドイツで三年半前、シュレーダー首相が打ち出した「グリーンカード」制度。インドやロシアからのITなどの技術者に特別な滞在許可を与え、年二万人の専門家受け入れを狙った。旧植民地出身の外国人が英仏のように多くはない独では大きな決断だった。しかし昨年の適用者は二千二百八十五人にとどまった。
移民手続きの緩和を盛り込んだ新移民法は保守系野党の強い抵抗で成立が延び延び。ドイツ人が職探しに四苦八苦する中で、労働市場の門戸を開くのは容易ではない。
統合で欧州連合(EU)はヒトやモノの国境をなくし、経済を活性化するはずだった。だが今年五月の加盟国拡大を控え、各国はポーランドやチェコなど新規加盟の東欧に相次いで移民抑止策を打ち出した。
英国のブランケット内相は二十三日、新規加盟国からの移民への社会保障給付を制限すると発表した。「ロマ人が仕事と社会保障を奪う」と大衆紙が訴えたキャンペーンに、寛容だった英政府も抗しきれなくなった。
英シェフイールド大のセレック洋子教授は「成長維持に移民の活力は不可欠だが、欧州各国で国民の排他主義という反動も生んでいる」と指摘する。活力源か、社会の安定を脅かす火種か。欧州はジレンマに直面している。
(ロンドン=佐藤大和、 ベルリン=菅野幹雄)
(日本経済新聞 2004年2月27日)
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