日本経済新聞記事全文
米国で 肥満まん延。学校でもファストフード
米ロサンゼルス近郊のベニス高校の教師ジャッキー・ドマックさんは、新学期が始まった九月二日朝の教室の光景が忘れられない。一年生のクラスでのこと。何度名前を呼んでも一人の男子生徒が出欠の返事をしない。出席簿から目を上げると、その生徒は教室の隅にしょんぼり立っていた。太り過ぎで席に座れなかったのだ。
入学時に標準体形だった生徒の多くが肥満体になって卒業していく。ちゃんと歩けなくなるほど太る子もいる。個人の食生活の問題として片づけられる人数ではない。「学校か地域の何かがおかしい」。ドマックさんの危機感は募る。
米疾病対策センターなどの調査によると一九九九1二〇〇〇年に米国では成人の六四・五%が肥満体(太り気味も含む)認定された。子供も例外ではなく、六−十一歳で一五・三%、十二1十九歳で一五・五%と、肥満体の比率は二十年間で二−三倍に拡大した。子供の糖尿病患者も急増しているという。原因として疑いの目が向けられているのが、学校内での食品販売だ。米国では公立学校の隅々まで外食企業が浸透しているからだ。学校に外食産業が参入したのは八〇年前後。財政難でコスト削減を迫られていた学校側と子供市場を狙う企業側の利害が一致し、食堂の外部委託やファストフードの校内販売が急速に広がった。契約料という形で学校に現金収入が入るソーダ類の自動販売機の設置も急増した。
非営利団体のコマーシャル・アラートによると現在ソーダ類を校内販売する高校は全体の九六%、小学校でも五八%に達する。二〇%の学校ではピザハットやマクドナルドなどの製品が売られている。校内でも高カロリーといわれるファストフードに包囲されているのでは、子供たちが体形を保つのも容易ではない。
人種的な偏りも気になる。肥満が目立つのは黒人とヒスパニック系。両グループには低所得層が多いだけに、肥満を貧困と結び付ける見方が広がっている。共働き家庭が手軽で安価なファストフードに頼ったり、自宅周辺の治安が悪く外遊びが少ないことなどが背景というわけだ。
肥満の企業責任を問うたマクドナルド訴訟の原告の一人、ジャズリン・プラドレーさんは身長一六八増で体重一二二`。「普段の食事は朝も晩もマクドナルド」だという。ほかの原告の食生活もほぼ同様で、居住地は貧困層が多いニューヨークのブロンクスに集中。親が失業者の子供も少なくない。「子供が原告となったことで、社会の経済現象として肥満問題に関心が高まった意味は大きい」。たばこ会社を相手取った集団訴訟の原告側弁護士として知られるジョージ・ワシントン大法学部のジョン・バンザフ教授の指摘だ。
米国人の肥満問題を分析した「デブの帝国」の著者グレッグ・クライツァー氏は、「今後、学校を相手取った訴訟が増える」と警鐘を鳴らす。教育の財政問題を根本的に解決しない限り、学校と外食企業の結び付きは弱まらないからだ。
地域社会の経済のひずみを背負って太り続ける子供たち。米国社会は今、彼らの無言の警告に真剣に耳を傾ける必要に迫られている。
(ロサンゼルス=長尾弘嗣)
▼マクドナルド訴訟 二〇〇二年八月、ニューヨークの十代の子供二人が「ハンバーガーの食べ過ぎで肥満になった」としてマクドナルドを訴えた集団訴訟。子供が原告となっ
た訴訟が注目を浴び、ファストフードと肥満の関係に関心が高まった。 今年一月に連邦地裁が訴えを棄却したが、原告は二月に再提訴。「広告が消費者に誤解を与えた」と主張
する戦略に切り替えたが、地裁は九月に再び棄却した。
(日本経済新聞 2003年10月13日)
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